theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

セルフポートレートの意味

セルフポートレートの説明を一応しておきたいと思います。

 

何故これがセルフポートレートというのかというと、ボクはある時からオニをモチーフにして作品を作っているのですが、オニの鬼という文字は中国では霊を表します。

 

死ぬというコトを鬼道に入るとかいうのはそのためです。

 

鬼という字が何故あのような形かはまだ知りませんが、鬼という概念は宿曜経という東洋の占星術から来ているようで、宿命という言葉の宿もここからきています。二十七宿とか二十八宿とかもいわれています。その中で鬼宿というものがあり、インド名はプシュヤといい、紀元前のペルシャではこの星を、「人間の魂が行き来するための通路」と云われていました。

 

だいたいのモノは中東の方から起こっており、西に行くと西洋占星術。東にいくと宿曜などの東洋占星術になります。

 

西にいくとリュートになり東にいくと琵琶になる。っといった具合です。

 

っというように古来から霊的な世界に縁のある宿だったのだと思います。オシャカ様も鬼宿だった。っという話もあります。

 

 

話は逸れましたが、急に鬼の土人形を作りたくなりました。それはみんなうそぶく口をしており、埴輪のような口をしていたのです。

 

何故うそぶく口をしているのだろう?っと思い調べると死者の口をあらわしたモノのようです。たしかに魂を作っているような心地でした。

 

そこで、ボクは鬼の日本語読みであるオニというコトを調べました。鬼とオニは現代では一緒ですが、元は別のモノで、オニという響に漢字が輸入された時、鬼という漢字が当てはめられたようです。

 

で、オニという言葉は様々な説がまたあるのですが、ボクはオヌからきているという説がピンっときました。

 

オヌは隠ぬ  っと書きもしますが

 

以下Wiki抜粋

 

「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味する、との一説が古くからある。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着し、さらに陰陽思想や浄土思想と習合し、地獄における十王配下の獄卒であるとされた、とも考えられる。

 

古くは、「おに」と読む以前に「もの」と読んでいた。平安時代末期には「おに」の読みにとって代わられた「もの」だが、奈良時代の『仏足石歌』では、「四つの蛇(へみ)、五つのモノ、~」とあり、用例が見られ(仏足跡歌碑#与都乃閇美伊都々乃毛乃を参照)、『源氏物語』帚木には、「モノにおそはるる心地して~」とある。これらの「モノ」は怨恨を持った霊=怨霊であり、邪悪な意味で用いられる(単なる死霊ではなく、祟る霊。)。

 

 

ピンと来た方もいるかもですが

 

 

オオモノヌシもこれですね。

 

オオモノヌシはオオクニヌシのミコトで出雲の封印された神霊です。

 

大 鬼  主

 

とも書けるわけなんです。

 

朝廷にとっては大きな祟り神であったわけです。

 

そして、それらのDNAはボクらの中にもなんやかんやであると思うんですよね。

 

ので、昔の人は血というものにこだわっていたのだと思います。

 

 

それらの荒ぶる魂を鎮魂する気持ちで土人形を作っていました。

 

そして、それを作っている時期に道明寺天満宮の宮司さんが言ってくれた言葉があり、それは櫨山さんは土師氏の子孫だと思う。

 

っというコトでした。

 

んで、土師氏ってなんだ?

 

っと調べてみると、お相撲の神さまの野見宿禰という方がはじまりで大昔は王様が死ぬと家臣は殉死をしていたんですよね。

 

んで、それではよくないとその代わりに土の人形を作ってお墓に入れた。

 

そういう鎮魂の人形を作った方で、ボクも同じようなコトをしていたのでビックリしました。

 

始皇帝の兵馬俑などが有名ですが、大陸からの渡来の方だったのでしょう

 

 

そしてボクの母方は海賊だったわけです。

たくさん人を殺めていたのだと思いますが、ぼくは不思議なコトに二十代ぐらいからたくさんの人を殺めた記憶がありました。

 

ので、無縁仏をみると祈らずにはいられない性質でした。そういうコトもあり、二十代前半から三味線を担いで巡礼をしていました。

 

片方は鎮魂。片方は殺生。

そのような二つのものがボクの中で長い間ぶつかり合い、そして激しく揺れ動いていました。

 

ので、なんとも言えない激しい衝動にかられることが何度もありました。

 

っというような相反するようなものがずっとぼくの中で揺れ動いていたのです。

それらを癒してくれたのは巡礼であり、神霊、精霊、宇宙でした。

 

 

っというコトで

これは実は生首なのです。

 頭というものに神が宿るという概念が昔からあり

 

そして、その下に魂(おぬ)がたくさんいます。

これはボクの先祖が殺めた人たちかもしれません。

そしてそれを祈っているのです。

 

 

そして、ぼくはD N Aを辿る旅に出ました。これは瞑想をしていたのですが、ある時宇宙的なモノが関与しているコトを天啓でうけました。

 

星から来たんだな。

 

そのあとアヌンナキなどの情報がやってくるのですが。

そして目が喜びで覚醒してしまったのです。

 

その時にPoppingしたのです。

 

 

その瞬間にア(阿)という言葉が出ていますが宇宙の始まりを表す言葉でもあります。

 

終わりは吽です。またンの作品もあります。

 

ルーツを知り、和合し、理解するコトで癒しが起こりボクの宇宙がはじまりました。

 

 

これは人生の古来から続くD N Aへの感謝と喜びの絵でもあり、

 

自分が終わればとりあえず今世は終わりだというひとり宇宙の絵でもあります。

 

 

人はひとりひとりの宇宙を生きており。

 

それらを成就するコトが喜びなのです。

 

そのような意味でこの作品は表出しています。

 

f:id:thaze:20181103220003j:image