theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

嫌いなモノをたくさん見る

嶋本先生の言葉はいちいち確信をついてきた。

 

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それは先生は大学は哲学を専攻していたようで、そのあたりの体験も強く表出していたように思う。

 

中でもこれは大切だなっと思ったコトを徐々に紹介したいと思うが

 

まずは

 

嫌いなモノをたくさんみなさい。

 

である。

 

嫌いなアートをたくさんみるというコトである。

 

え?

っと思う方もいるかもしれない。

 

アーティストって自分の好きなコトをやってたらいいだけじゃないの?自分の世界で、遊んでたらよいのじゃないの?

っと、思う方もいるかもしれない。

 

決して違う。嫌いなコトをどれだけしてきたか?だと思う。

 

表現をするために、嫌いなコトをたくさんするものなのである。

 

音楽でも絵でもなんでも人は自分の好きな世界観の範囲からは出たがらないものであるが、見るコトで目の前の現実を理解出来たり、成長することは多々ある。

 

結局は食わず嫌いをなくすというか。

幅を広げるというコトである。

これは人づき合いでもなんでも通じる所だと思うけれど、

 

 

おそれをなくすというか

行きつく先は恕の心にも通じると思う。

 

たくさんのことを自分に取り入れるコトで、また色々なコトがつながり、理解できるようになる。

 

知るコトでスッキリしたことはマインドが作品にも反映されていく。

 

ので、嶋本先生の作品は何かがスッキリしている。

 

人はやはり自分のコンフォートゾーンを抜けるのを嫌がるものである。

 

動物というのはそういうものだろう。

 

 

が、自分の好きな水たまりだけで遊んでいるのは趣味なら良いが、職業にするのであればまた別で

 

知らないというだけで、もうその土俵には上がれない。

 

 

っというコトでボクは大学の授業には出ず、毎日図書館に行って洋の東西、古代から近代とありとあらゆるアートを見まくった(笑)

 

もちろん細かい作品の経緯やディテールは全く見れていないが

ほんとにアートを見まくる時間であったので、ほぼ全く見たことがない。っというモノはなくなった。

 

しかし、やはりたくさんのものをみて自分の中で消化するまでは苦しかった。自分の想像を越えているものや、理解しがたいもの。それらに脳をカツーンとらやられてグラグラっとなって認識する作業。その連続であった。

 

が、そのことがあって、どのアートを見てもあまり驚かなくなった。

自分の中で整理されてカテゴライズされるのである。

まぁ、なんせたくさんたくさんみた。

 

知り合いの知り合いのグッチのデザイナー話を聞いたコトがある。

西洋の人のデザインの落とし込み方はまず、めちゃくちゃ見まくる。

そして、自分のカラーがどこに当てはまるのかを提示する。

 

っという、まず全体を見てから自分を浮き彫りにしていくのである。

 

 

それを聞いて嶋本先生の金言にまた感謝した。

 

日本人はその逆である。

 

絵の描き方もそうで、西洋はまず、全体の構図を作ってからだが、日本人は点の点をみる。

 

そのあたりも真逆なので、意識して矯正していく必要がある。

 

 

水たまりでパチャパチャ遊んでいるのも全然よいと思う。

 

ただ、どういう景色を見たいかなんだと思う。

 

確かなのは

負荷や揺さぶりがなければ魂の成長はない。

 

ということか