theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

野見宿禰の塚

今日は古代史のお話

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お米を作っている知り合いの難波良寛

https://earthjournal.jp/activity/33047/

 

 

 

という人に誘われて奈良桜井のトミ神社で奉納演奏をさせていただいた。良寛氏は表面はふざけているが、とてもハートフルな人間である。

 

 

そして、FBに彼が上げている画像に野見宿禰の塚があり、行ってみたいな。っと思ったのがことの始まりで、彼にその旨を伝えるといつの間にトミ神社で奉納演奏をするながれになっていた。

 

去年から

薔薇十字団のライフマップを指針に行動しているのだけど、その日は演奏、植物を植えることに吉。っと書いてあったので宇宙の理とはいつもすごいものだな。っと感じる

 

あれ?見てたのかな?っと思うくらい同調している。

 

 

話は戻り

 

ボクの父方の遠い遠い遠ーい祖先は野見宿禰ならしく、そのコトは道明寺天満宮の宮司さんに教えていただいた。

 

ちょうどその時も土人形のような造形を作っていたのでとても驚いたものである。

 

っていうのは野見宿禰とは日本め埴輪を最初に提案した人であるからだ。

 

そして、ボクは10代の最後に何故か龍野の野見宿禰の塚に行っていた。それくらい道は一本道なんだろうな。

 

そして最近、そこに改めて行ってみると「あれ?ここちゃうよな?」っと思った。

 

確かに大っきくて立派なのだが、違う人のように感じた。行けば波動で感ずるところがあるのだ。

 

そこで、奈良の出雲の方に塚はあるのではないかな?っと思うようになった。

 

っていうのは奈良から島根に移動する途中に亡くなったからそこに塚を建てたというのだけど、出雲族にとってとても重要な人物であったので、塚はやっぱり想いが強い地に建てて祖神として祀りたい。っというのが残された人たちの想いではないかな?っと思う。

 

そんな中途半端な所で死んでワザワザ大っきい塚を作るかなぁ?っと疑問が残った。

 

 

そして、奉納演奏と田植えが終わり、良寛氏の先導で野見宿禰の塚に向かった。

 

ん、やはり違う。

 

しかし、ある部分がとても気になったので、そっちに行ってみることにした。

 

30分経過。

 

そこは隠されるように存在していた。

 

あ、ここだな。

っとボクは思った。

 

野見宿禰の塚は多分ここ。

 

っていうのは出雲側というのは隠された存在。表に出たら攻撃されるであろう存在であったので、隠されててたんだ。

 

ボクも本を買いましたが、司馬遼太郎のこれです

https://www.google.co.jp/amp/s/yomiagaeru.exblog.jp/amp/23490226/

 

ここでは大国主の子孫と司馬遼太郎さんが出会いそれにまつわる話がかかれている

 

“哀れにも出雲民族の王族は身柄を大和に移され
三輪山のそばに住んだ。三輪氏の祖がそれである。”

 

っと書いている

 

冬至に奉納しに行こうと思った。