theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

南仏での夏至の思い出

今日は夏至ですね。

夏至と冬至というのは古代からとても大切にされていた日であります。

 

4年前の今日、ボクは南仏の磐座で奉納演奏をしていました。それが夏至だったというのは実は今日FBで知りました。

 

アレは夏至の日だったのだなぁ。。

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4年前、ボクは南仏のギャラリーで展示会をしていました。カルカッソンヌというお城の側のギャラリーです。

 

で、ギャラリストの奥さんが急に「テツ、「メンヒルとか、大きな石に興味ない?」っと言ってきてくれました。

 

ボクはそんな磐座の話とかはしていなかったので、ビックリしましたけど、とても興味がある。っと言うと

 

じゃあ、行こう。

 

っという流れになり、一日かけて車で三箇所ほどまわることになりました。

 

そして、ドライブ中に彼女は私は世界の色々な場所を旅したコトがあるといいだし、その時急に言葉には出来ないくらいの至福感を味わったコトがある。っと言いだしました。よくよく聞いてみるとワンネス体験だと思うんですが、彼女はそれをあまりよくないコトのようにまた奥に隠してしまいました。

 

っていうのは、日本ではスピブームも手伝って何でも神さまわーい。みたいに受け入れちゃうんですが(笑)フランスではやや精神がおかしい人。精神病的な扱いを受けてしまうのです。

ので、日本に来るとびっくりするかもですね(笑)ボクは4次元もいいけど、それ3次元に反映されてるか?っと大体のものは常に斜に見ています(笑)

 

やはり西洋はみるもの、数字で見えるコトが全てですので、そのあたりはシビアです。

それはそれで当然ですしね。

 

そのあたりのチグハグがまた面白いのですが、また何かの機会に。

 

 

そして、磐座はあちらではドルメンとメンヒルになります。

 

ドルメン

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/支石墓

メンヒル

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メンヒル

 

そして、一つ目の磐座に着きました。

観光地でも何でもないので人は全然いません。

その磐座はどちらかというと祠のような磐座でした。

 

特に何も感じなかったので、次に。何時間後についた2つめの磐座は森の奥にありました。

 

ちっちゃめの信仰されたような磐座でしたので、とりあえず演奏しました。

 

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はっきり言って奉納演奏というのは海外的にいうとなんせ誰もいないところで演奏をし始めるという奇異なものなのですが、ギャラリストの奥さんは温かく見守ってくれていました(笑)

 

「完全な静けさと、三味線の音。音楽は賑やかな場所というイメージがあったから、すごく意外性があって新鮮だった。」

 

っと言ってくれていました。

 

大体音楽は西洋的な観点でいうと、パーティーなどの賑やかな場所のモノかわかりやすい対象のある祈り   に分かれるのです。

 

そして、終わると三つ目の磐座に行きました。

三つ目の磐座は最後のカタリ派の人がいた村という場所の近くの磐座でした。

カタリ派というのはキリスト教の異端ですが、マニ教などの東洋思想の入ったものでした。テンプル騎士団も関係あります。

 

三つ目の磐座は山の上の方にあるようでしたので、上がって行きました。

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こんな道

 

娘と三味線をかかえてなので、だいぶハードです。

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だいぶ上がってきましたがまだ着きません。

結構な岩道ですが息子の足取りは頼もしかったです。

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そして、全然着かないのでギャラリストの奥さんは帰ろうか?っといいだしました。

 

が、ボクはこの百メートル先以内にあるとインスピレーションがやって来たので、もうすぐあるから。

っと言って行くと本当にあったので奥さんはビックリしていました。

 

 

磐座って何形態かあるんですが、実は元はお墓であった。

っというのがボクの結論です。

 

西洋に行くと台地のような丘があるんですよね。そこは日が昇るのと日が沈むのがよく見えるような場所で穴の中に石が沢山これでもか。

っと入れられた場所があります。

それは古代の墓なのです。

 

古代の墓はそのような様式です。これでもか。っというくらい石が投げ込まれているのは遺骸を取られないためです。

 

それくらい遺骸が大切なのです。それは聖遺骸の信仰にもつながる

 

話は戻り、最後の磐座に着きました。

するとまず、門です。  

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門の後方に磐座があります。

 

その規模にびっくりしました。

地面一面が沢山の磐座なのです。

 

ボクはそこで演奏をしました。

その時嫁が撮っていた写真が冒頭の写真なのですが

 

十字だけど、真ん中がマリアさまのような意味ありげな雲です。

ボクは女神かな。っと感じました。

20年くらいに前に天川で感じた女神から続く女神。

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ボクは何かすっきりして解消された感がありました。

 

で、ボクがすごい規模のお墓だな。

っと思っていたら、ギャラリストの奥さんが

 

「ここはお墓だと思うけど、誰がこんな高い山の上にこんなに沢山の石を積んだのかしらね?」

 

っと言って来たので、ドキっとしましたが(笑)

まぁ、この磐の下の方に通じたのかな。っと思い南仏の旅に感謝をして山を降りました。

 

娘が座っているような大きな岩でそのあたりの空間が埋め尽くされています。

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古代は不可思議なコトがあります。

音と霊は密接な関係があるのです。

 

日本でも神降ろしは元々は和箏でされており、かき鳴らすようにして神降ろしをしていたようで、江戸時代には三味線も代用されていたようです。

音と霊的なモノの関係はピタゴラスの時代からあり、とても興味深く思います。

 

神降ろしの儀は今は警蹕が多いですが警蹕はやんごとなき方が通る時にしていたもので、その名残が今の神事の所作として伝わっているのでしょう。

 

帰り道。何かとても日本の自然と似ていました。

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