theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

三味線の話2

三味線と言ってもボクが弾いているのは津軽三味線です。

 

三味線と奏法が違います。

 

具体的な違いはあのシャモジみたいな撥を撥皮に直接当てるか当てないか。です。

 

 

が、津軽三味線の有名な高橋竹山さん(故人)という方がいて、その人の音がなんか他の人と明らかに全然違うんですよね。

 

なんでだろ?

って思って研究すると竹山はあまり撥皮に撥を当てない弾き方だったのです。

 

そうやって弾くとすごく似た音になりました。

 

あと駒の高さとか、弦の太さとか色々ありますけど、何故そういう弾き方になったか?っというと門付をしていたからなんです。

 

門付とは三味線を弾いて民家を回って米やらお金やらをもらうコトです。  

 

それが津軽三味線の大切なトコロです。

元々派手なものではなかったのです。

 

撥を皮に当てると皮が傷みはやく破れます。

後、弦にも最小限の負荷で弾いていたようです。それが門付という中で生まれた技だったのでしょう。

 

そういうところに芸能の原点があるんだと思います。

歌舞伎も元は大道芸、能も申楽、散楽で元はそのようなモノでしたし、

ロックもジャズも今でこそ洗練されていますが、元はもっと土臭い、力強い魂のこもったものだったからこそいまだに人は感動するのだと思います。

 

っとひとつのコトにつき、たくさんの文章になってしまいますので、それはおいおい記録として書くとしてボクが三味線に気づかせていただいたコトは沢山あります。

 

 

まず、自然、宇宙霊との交信ですね。

 

そのあたりが一番ボクは好きなトコロです。

 

それはストリートで三味線を弾くコトに満足できなくなって山々のなんだか気のよい場所で弾くコトになって感じ始めたコトです。

 

 

 

で、三味線を長い間弾いていると勝手にやってしまう動きがあるんですよね。

 

それがDNAに刻まれているものなんでしょうね。

 

あ、日本人だな。

みたいな。

 

そういう瞬間が多々ありました。

もうそれはどうしようもないものなんですよね。

 

 

タッタタッタというリズムがあります。

 

そのリズムを和太鼓で叩きます。

 

西洋人が叩くとスクエアなオーケストラな響きになって

黒人が叩くと和太鼓なのにドラムにしか聞こえない。

 

日本人が叩くといわゆる祭りだなぁ。っという感じで

 

 

何が違うかというと体なんですね。

体。

楽器は体と共鳴しあっているのです。

 

ので、白人みたいな音をギターで出したいな

っと思っても何か違うものなのです。

 

不思議ですが、楽器だけではなくて

 

奏者と一体化して共鳴するものなのです。