theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

明治維新のこと

さて

 

いきなり明治維新の話なんですけど

 

坂本龍馬がグラバーさん。フリーメイソンと絡んでいたのはとても有名な話ですが

 

その流れの前から明治維新というモノにどうやってもっていっていたかというと

 

国学の隆盛でそれが成ったのは有名ですが。もう一ついうと

 

 

国学でそれをやったろ〜

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国学

っという絵を描いた外国人がいたように思います。

 

 坂本龍馬の死亡説は疑問があります。

 

坂本龍馬の暗殺の件も証言者の言ってる事がバラバラだし、アレはどうだったのかな?って思います。ってか歴史というものは常々仕掛けられていて、そういうものはピックアップはされるんですが、あやふやにサッと過ぎ去ります(笑)

龍馬の子孫とか名字を変えているんじゃないかな。卑弥呼の子孫もいるくらいの国だし。

 

 

 

明治まではボクたちが思っているよりも、もっともっと仏教主体だったわけです。

 

 平安時代から江戸時代まで仏教が満開だったわけですから。

 

 

そして、その仏教の流れを明治維新で神道の流れにガガガっとする。

 

そこで使われたのが国学です。

 

っというのは海外の人たちが日本に開国をしてもらいたいからという流れが一番にあったように思います。そのためには仏教界の勢力をそがないといけない。

 

自分たちの流れに持って行かなければならなかったわけですね。その時に薩長を中心に。最終的に山口ですが。

 

そこで神道。

 

山口がいまでも政治が強いのはその流れもあるのだと思います。

 

 

まず、賀茂さんや本居さんは文字通り学問色が強かったです。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/本居宣長

 

 

そして平田さんがカッと宗教にしました。

 

 んで、それに目をつけた、フリーメイソンか、海外の人がいて

 

薩長と明治維新です。

 

長崎から近いですからね。

 

 

そこで、その時に

民衆に神道的なものをどうやって広めるか?です。

 

神道は庶民にはあまり馴染みのないものでした。 

 

そして国家神道は宗教ではないのです

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/国家神道

 

このあたりが上手いことしている。まるで捉えどころがありません。

 

しかし、何となく風習を民衆に広めていくために

 

そこで表れたのが

 

教派神道です。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/教派神道

 

これは平田さんの流れを組んだモノが多く幕末に起こりました。

これによって神道の風習を草の根的にも広げました。

 

ちなみに教祖に任命する役割の方がいるらしいんですが、昭和天皇の時は天川の蛇の倉の仙人様が相談役だったそうです。

 

 

開国。

それがあったからこそ世界の距離は近くなりました。

 

世界の人たちと交流できるようになりました。

 

今の時代、その当時からすると考えてられないくらいに世界の距離は近いのです。

 

この世界の交通整理役の方たちには

筋書きというものが存在しているのでしょう。

 

いいとか悪いとかではなくて。

 

物事は多面的で、直ぐにそれがどういうコトかはわからない事もたくさんあります。

 

 

 

そして、話は戻って色々な古墳があったのですが、それに歴代の天皇の名前をつけたようです。

このような話もあります。

ので、発掘はタブーなのです。

http://vergil.hateblo.jp/entry/2016/04/23/133823

 

 

後、なんとなく辻褄があわなさそうなのは

ダムで水に流したでしょう。

加古川のダムには昔のお墓が埋まっていたりします。

 

 

歴史はサッと過ぎさっていきます。

 

重要なキーワードはピックアップせずサラッと。


いいも悪いもないんですよね。

 

 

 

真実というものは儚い儚い幻のようなものですから。