theohazeの記録

theohazeの独断と偏見による雑記

フリーメイソンについて

ボクはかねてよりフリーメイソンとか秘密結社みたいなモノには興味があった。

 

パリに行って始めに行った場所は、ルーブルではなくフリーメイソン博物館だったのだ。

そこは思っていたような暗い波動ではなく非常にピースフルな波動に満ちていた。

 

フリーメイソンのような人たちを悪くいう人がいるが、ボクはフリーメイソンのような人たちは交通整理役のような人たちなのだな。っと認識している。

 

信号や警察官のような。

人が社会を形成する上での交通整理をしている。

 

でないとわざわざ1ドル札にモチーフをいれたり日本の貨幣を足すと666にはしないはずで、全然秘密ではないからである。

 

人はみられてると意識をしたら襟をただすものらしい。

だから、交通整理をやっているんだよっという存在が必要なのだ。

 

子育てをしていて改めて感じるのだが、人というものはやはり自然の産物だけあり、放置しているとどんどん自然な状態になろうとする。それではやはり社会国家はめちゃくちゃになっていくだろう。様々なバランスをとりながら時代は進んでいっているのである。

 

 

以前、南仏を旅していたときに山で出会った子供がいた。彼らは狼少年さながらであった。

 

彼らは放棄されたバスで暮らしていて、両親以外とほとんど関わらなかったようで、遠くから聞く声は野生の雄叫びのよう。フランス人の友達でさえ、獣か鳥と間違えていた。

 

山の頂に近い草原に住んでいて、そのバスに30メートルほど近よるとでっかい犬が二匹走ってきた。ボクは子供づれだったので、危険を感じて、気合いで犬たちを止めた。自衛で飼っているのだろうと思う。その後飼い主である両親がやってきて、その子供たちとも会ったけど、とりあえず目がいっていた。服装などもそうだが、野生の状態であった。

 

極端な例だけど、人は自然に放置しておけばああいう風になるのだろう。 良いとか悪いとかではないが、あのままなら現代社会の中では全くやっていけない。

 

いわゆるマジョリティの人間が美しいと感じる木々の姿には、実は必ずといっていいほど人の手が加わっていて、そういう律することと緩めるとこがあってこそだと思う。

 

簡単にいえばアメとムチ。

この辺りの使い方がさすが絶妙。